今年9月末、鹿児島県で開かれた国体のボート競技シングルスカル(少年女子)の決勝戦で、埼玉代表で早稲田大学本庄高等学院2年生の松本耀陽(あきひ)さん(17)=さいたま市=は、念願の優勝を果たした。同競技は、1人乗りだが、松本さんは、もう一人大事な人を乗せていた。7月に86歳でこの世を去った祖父松本尚志さんの遺影を胸のIDカードケースに入れていた。会場の鹿屋市の輝北(きほく)ダム湖は晴天。僅差のトップでゴールした松本さんは青空を見上げて泣いた。「おじいちゃん、一緒に勝ったね」
和田さん(左端)と、(左から)松本さん、朝倉真妃さん、松田怜海さん、大瀧歩未さんら中高生選手=戸田漕艇(そうてい)場の艇庫
◆関東大会は2位
松本さんは、同市大宮区三橋の出身。小学校4年生で県スポーツ協会のプラチナキッズに合格しボートを始めた。県ボート協会のジュニアアカデミーの登録選手として、同協会理事長で日大ボート部OB和田卓さん(79)の指導で練習を続けている。
同アカデミーの登録選手はいずれも在学する学校にボート部がない中高生8人。松本さんは、そのうちの1人だ。2021年7月、中学校3年生の時に長野県諏訪湖の全日本中学選手権競漕大会で優勝。進学した高校にはボート部がないため、和田さんの元に通い練習を重ねた。部活がないためインターハイには出場できない。晴れ舞台は国体だけだ。22年の栃木国体谷中湖(渡良瀬遊水地)の関東大会は5位。そして今年夏、同所の関東ブロック大会で2位になった。
1位は群馬県代表の木部結月さん=県立舘林女子高校3年生=だった。松本さんは「本番の鹿児島国体で1位になる。そのために、夏休みは戸田に通う」と決意した。師匠の和田さんが「勝ちたければ戸田においで」と言ってくれた。夏以降は戸田で練習に打ち込んだ。
◆青空のゴール
そして、9月24日、鹿児島県輝北ダム湖での決勝当日。全国の地区予選を勝ち抜いた20人が出場した。コースは千㍍。晴天で斜め横の追い風。「好きな風だった」と松本さん。スタートから高めのレートをキープした。和田さんが教えた「巡航速度」だ。途中でスパートをかけない。オールを持つ構え方も、ほかの選手が注目した。500㍍地点で1位に1秒遅れて通過した時、土手の和田さんは「あーこれで勝った」と確信したという。
1位を行くのは宿敵、群馬代表の木部さん。追い付いて抜いたのは700㍍地点、観客席の前だった。湧き起こる大歓声が聞こえた。そしてゴール。記録は松本さんが4分4秒16、木部さんが4分5秒29だった。
◆祖母が号泣
関東ブロック大会から2週間後の7月に祖父尚志さんがさいたま市の病院で亡くなった。松本さんは自宅近くに住む祖父が大好きだった。コロナ禍で入院中の面会は人数制限された。孫まで順番が来なかったので、会うことはかなわなかった。
「父に祖父への伝言を頼んだ。『鹿児島国体で日本一を取って来るよ』。これを聞いた祖父はとても喜んだ」
優勝したボートの上で、祖父の写真をスマートフォンで写して父に送った。その写真を見た祖母かねさん(84)は「これでじいちゃんも極楽へ行ける」と号泣した。松本さんは「来年の佐賀国体で連覇する」と誓った。
=埼玉新聞2023年11月8日付け10面掲載=
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